2009年05月22日
嬉野市の特産物。
うれしの茶の由来
嬉野茶の歴史は古く、永亨12年(1440年)平戸に渡来した唐人が不動山皿屋谷に居住して陶器を
焼くかたわら、自家用にお茶を栽培したのがはじまりといわれています。
その後、永正元年(1505年)明の紅令民という人が南蛮釜を持ち込み
釜炒り茶の製法を伝授したことがきっかけとなって、嬉野茶550年の歩みが始まりました。
霧の多い嬉野盆地を流れる清流と澄んだ空気、豊かな土地で生まれ育まれたものです。
嬉野茶の特徴
嬉野茶のルーツである釜炒り手揉み茶は約550年前の明時代に中国から伝来した製法そのままを現代に伝えています。
釜炒り手揉み茶は三日月状の形をしており、保存変質が少なく、その味はカラッとした爽やかさを保ち
西欧化した現代人の食生活に最適です。嬉野茶はこの釜炒り手揉み茶と煎茶の長所を併せ持った蒸製玉緑茶として生産され
古い歴史と新しい技術が優れた銘茶を造りだしています。
うれしの茶の美味しい飲み方

① 水道水は汲み置きして、カルキ臭を取ります。
② お湯を沸かすときは、必ず一度沸騰させます。
③ 茶質に合わせた温度に冷まし、湯を注ぎます。
2.肥前吉田焼
肥前吉田焼の歴史
嬉野の焼き物の歴史をひもとくと、天正5年(1577年)磁鉱石の発見によりはじまり
時代の波とともに一盛一衰を重ねながら長い歴史を歩んできました。
寛永年間(1624~44年)藩主鍋島直澄が隠居後、その偉業として吉田山の陶磁器業を督励しました。
享和年間(1801~1804年)に入ると、副島弥右衛門が制限外の窯数を増し、事業を拡張して吉田焼きの繁栄を促しました。
しかし、天保の初年(1830年)頃には生産過剰になりしだいに窮地に追いやられる格好となっていきました。
明治13年(1880年)吉田山に陶磁器会社「精成社」を設立し、改良を図りました。
その後、市場を中国や朝鮮に向け輸出用として日用食器の製造に励み成功しました。
明治44年(1911年)には有田より技術者をむかえ、吉田焼も錦絵に成功。
ますますその名声を高めていきました。
しかし、時代の流れと共に国内向けになり、現在に至っています。
現在の「肥前吉田焼」は15の窯元によって育まれ、陶工たちはそれぞれに個性あふれる作品を世に送り続けています。
3.嬉野温泉湯どうふ
古来、嬉野温泉のお湯(弱アルカリ泉)は、胃腸に良いとされていますが
名物湯どうふは、このお湯を使って調理したものです。
お湯は、豆腐のうま味を引き出すとともにとろけるように柔らかくなるので
口当たりが、一層、滑らかになります。
4.嬉野農作物
塩田町の特産品
米麦、いちご、きゅうり、小ねぎ、ニガウリ、インゲン、花苗、お茶
楠田菓子本舗
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市報うれしの 10月号。
第113回 うれしのほっとステーション。
第111回 うれしのほっとステーション。
シーボルトの湯が全国放送されます(再放送)。
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